2006年10月12日

札幌道中唄繰り気(二日目)

2007年10月20日(土)


この旅で、俺はYジロウの実家にお世話になっている。
寝泊まり、風呂、ひと時の温かい団らんなど、
家庭という温もりの中で骨を休めている。
Yジロウ母さんには、
昨日突然やってきたばかりの、どっかの馬の骨である俺に、
息子と同様に、何くれとなく気を遣って頂いて、
このご厚恩には、感謝しても仕切れない。
右も左も判らず旅をしていると、この優しさに甘える事しか出来なくて、
「有り難うございます」と言うので精一杯だ。
本当に温かい家族で、感謝してもし足りない。


昨夜の演奏でえぐった人差し指の傷が、思った以上に深手になっていて、
体内のアルコールが切れるとやけに疼く。
それを見たYジロウ母さんが炭素の熱で消毒する“太陽熱”という機械を出して下さり、
それに人差し指をかざして消毒させてくれた。
Yジロウ家の人々は、傷などをこの“太陽熱”で治すらしい。
それを見たYジロウは「またか」みたいな顔をしたが、
俺は母親の一生懸命な心配性も身に染みるし、
それに少々気恥ずかしさで苛立つ息子の気持ちも判る。
息子と母親の愛情関係には不可欠な要素だと思う。
俺は“太陽熱”でジリジリ傷を消毒しながら、
そんな懐かしさを思い出していた。
人様の実家とは言え、Yジロウ家で離れ難い里心が芽生えた。
この支離滅裂な旅で、心身をへその穴から緩める事が出来て、
本当に有り難く思う。


そんなこんなのYジロウ宅にはYジロウ姉さんと甥っ子、姪っ子が遊びに来ていた。
俺にはまだ甥も姪もいないから、こういった子供に接すると、
どう接すればいいのか戸惑う。
「可愛いねぇ」なんて猫なで声が恥ずかしくて出せない、
だから俺もYジロウも仏頂面をしたままだ。
案の定、甥っ子も姪っ子も恐ろしくて近付けないといった有様。
Yジロウ母さんが気を遣って、
「ほらこのオジ…オニイサンに、山口くんって言ってごらん」
姪っ子に勧めたが、姪っ子は「ヤ」も発音しなかった。
確かに、これくらいの子供達に「オニイサン」と呼ばせるには、
無理がある年頃になったんだなぁと実感する。
山口オジサンは変な顔を作って笑ってみせる、
甥っ子と姪っ子は、それを見て恐れ、たじろぐ。
上手く世代を越して交流が出来ないの図。
ただ、甥っ子は今流行の「そんなの関係ねぇ〜」が好きらしい。
最初は恥ずかしがってやってくれなかったが、
そのうち調子が乗って来て、
汗を掻きながら「そんなの関係ねぇ〜」と踊り回るようになった。
これなら世代を超した交流が俺にも出来ると思った。
山口オジサンが、
「Yジロウはぁ〜、俺の伯父さんだぁ〜」と振ると、
甥っ子は、
「でも、そんなの関係ねぇ〜、そんなの関係ねぇ〜、はい、オッパッピー」とやった。
この子は将来、必ずや大物になると確信した。
やがて、Yジロウ姉さんの親子は帰って行った。その車を見送る。
「じゃぁねぇ、頑張ってねぇ、気を付けてねぇ〜」
と手を振るついでに、俺と甥っ子は、
「でも、そんなの関係ねぇ〜、そんなの関係ねぇ〜」


夜を待って再びすすきのへ出る。
札幌の地下鉄はデカイ。向かい側に座る人がやけに遠くに感じる。
すすきのに着くと、まずYジロウの旧友と会った。
そこで適度に腹ごしらえ、そして酒を呑み、
俺は先に店を出る。
昨夜お邪魔したWoodstockでライブをやる為だ。
Woodstockのマスター・金安さんは元々スカイドック・ブルースバンドというバンドをやられており、
友部正人さんや大塚まさじさんのギターなども弾いてこられた人で、
飛び込みの俺を快く受け入れてくれて、唄う時間を与えてくれた。
何だか下手のこけない緊張感が押し寄せる。
Woodstockのお客さんと少し雑談を交わしながら、
俺はステージの準備を済まし、Yジロウと旧友が来るのを待って、
二日目のライブを始めた。


ライブは30分、6曲。
この日のステージは兎に角、無駄な力ばっかりが空回りした唄になった。
客席の雰囲気ばかりが気になってなかなか自分の間を作れない。
唄に力が入り過ぎて、曲の強弱が作れない。
全て自分の気持ちがステージ上で起きる事の後手に回っていたと思う。
何度もBARで唄って来たし、こういう雰囲気に慣れたと思って来たけど、
こんな大事な夜こそ、未熟さの露呈するものかと痛感した。
外目にどう見えようとも、俺の中では良くない唄だった。


唄い終わると、マスターの金安さんは、
「もっともっと色んな状況の中で唄わなきゃな」と笑って俺を叱咤してくれた。
そしてこの夜、俺は結構しょげた。
これまで沢山のライブをやり、しょげて帰るライブも沢山あった。
ただ「何しに札幌に来んだ…」
「わざわざ札幌まで来て…」
という想いが旅の骨身に染みる。
やり切れない苛立ちが抑え切れないでいた。


ステージの後、金安さんのバンド・G.G.KINGに混ぜてもらい、
好きなブルースを唄う。
心地よいバンドサウンドの中で、想いをぶつけるようにブルースを叫んだ。
これはとても良い唄になった。


朝に近い夜、Yジロウ宅に戻って来ると、
俺とYジロウは考え方の問題でケンカになった。
俺はYジロウに「俺が唄っている間くらいもっと集中せいっ!」と怒ったが、
YジロウはYジロウで一生懸命にやっている。
「集中してるだろう」とやり返す。
まだ明日の最終日に演奏する場所も見当がついていない不安と、
俺としてもっと本気で勝負しなくちゃまずいという本音を全部Yジロウにぶつけた。
俺は札幌でAWAY、Yジロウは札幌がHOME、
俺はさんざんわがままをぶつけながら、
俺とYジロウ、二人で行こうと決めた旅に、
AWAYに挑戦するという共通の目的を持って欲しかったんだと思う。
と、同時に自分にもこの仕事を仕上げるという気合いを入れていた。
ただ、その意見の折り合いはつかないまま、
俺とYジロウは不得要領で寝床に着いた。


この旅は、とうとう俺の気持ちを丸裸にしたなと思った。

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