この旅で、俺はYジロウの実家にお世話になっている。
寝泊まり、風呂、ひと時の温かい団らんなど、
家庭という温もりの中で骨を休めている。
Yジロウ母さんには、
昨日突然やってきたばかりの、どっかの馬の骨である俺に、
息子と同様に、何くれとなく気を遣って頂いて、
このご厚恩には、感謝しても仕切れない。
右も左も判らず旅をしていると、この優しさに甘える事しか出来なくて、
「有り難うございます」と言うので精一杯だ。
本当に温かい家族で、感謝してもし足りない。
昨夜の演奏でえぐった人差し指の傷が、思った以上に深手になっていて、
体内のアルコールが切れるとやけに疼く。
それを見たYジロウ母さんが炭素の熱で消毒する“太陽熱”という機械を出して下さり、
それに人差し指をかざして消毒させてくれた。
Yジロウ家の人々は、傷などをこの“太陽熱”で治すらしい。
それを見たYジロウは「またか」みたいな顔をしたが、
俺は母親の一生懸命な心配性も身に染みるし、
それに少々気恥ずかしさで苛立つ息子の気持ちも判る。
息子と母親の愛情関係には不可欠な要素だと思う。
俺は“太陽熱”でジリジリ傷を消毒しながら、
そんな懐かしさを思い出していた。
人様の実家とは言え、Yジロウ家で離れ難い里心が芽生えた。
この支離滅裂な旅で、心身をへその穴から緩める事が出来て、
本当に有り難く思う。
そんなこんなのYジロウ宅にはYジロウ姉さんと甥っ子、姪っ子が遊びに来ていた。
俺にはまだ甥も姪もいないから、こういった子供に接すると、
どう接すればいいのか戸惑う。
「可愛いねぇ」なんて猫なで声が恥ずかしくて出せない、
だから俺もYジロウも仏頂面をしたままだ。
案の定、甥っ子も姪っ子も恐ろしくて近付けないといった有様。
Yジロウ母さんが気を遣って、
「ほらこのオジ…オニイサンに、山口くんって言ってごらん」
姪っ子に勧めたが、姪っ子は「ヤ」も発音しなかった。
確かに、これくらいの子供達に「オニイサン」と呼ばせるには、
無理がある年頃になったんだなぁと実感する。
山口オジサンは変な顔を作って笑ってみせる、
甥っ子と姪っ子は、それを見て恐れ、たじろぐ。
上手く世代を越して交流が出来ないの図。
ただ、甥っ子は今流行の「そんなの関係ねぇ〜」が好きらしい。
最初は恥ずかしがってやってくれなかったが、
そのうち調子が乗って来て、
汗を掻きながら「そんなの関係ねぇ〜」と踊り回るようになった。
これなら世代を超した交流が俺にも出来ると思った。
山口オジサンが、
「Yジロウはぁ〜、俺の伯父さんだぁ〜」と振ると、
甥っ子は、
「でも、そんなの関係ねぇ〜、そんなの関係ねぇ〜、はい、オッパッピー」とやった。
この子は将来、必ずや大物になると確信した。
やがて、Yジロウ姉さんの親子は帰って行った。その車を見送る。
「じゃぁねぇ、頑張ってねぇ、気を付けてねぇ〜」
と手を振るついでに、俺と甥っ子は、
「でも、そんなの関係ねぇ〜、そんなの関係ねぇ〜」
夜を待って再びすすきのへ出る。
札幌の地下鉄はデカイ。向かい側に座る人がやけに遠くに感じる。
すすきのに着くと、まずYジロウの旧友と会った。
そこで適度に腹ごしらえ、そして酒を呑み、
俺は先に店を出る。
昨夜お邪魔したWoodstockでライブをやる為だ。
Woodstockのマスター・金安さんは元々スカイドック・ブルースバンドというバンドをやられており、
友部正人さんや大塚まさじさんのギターなども弾いてこられた人で、
飛び込みの俺を快く受け入れてくれて、唄う時間を与えてくれた。
何だか下手のこけない緊張感が押し寄せる。
Woodstockのお客さんと少し雑談を交わしながら、
俺はステージの準備を済まし、Yジロウと旧友が来るのを待って、
二日目のライブを始めた。
ライブは30分、6曲。
この日のステージは兎に角、無駄な力ばっかりが空回りした唄になった。
客席の雰囲気ばかりが気になってなかなか自分の間を作れない。
唄に力が入り過ぎて、曲の強弱が作れない。
全て自分の気持ちがステージ上で起きる事の後手に回っていたと思う。
何度もBARで唄って来たし、こういう雰囲気に慣れたと思って来たけど、
こんな大事な夜こそ、未熟さの露呈するものかと痛感した。
外目にどう見えようとも、俺の中では良くない唄だった。
唄い終わると、マスターの金安さんは、
「もっともっと色んな状況の中で唄わなきゃな」と笑って俺を叱咤してくれた。
そしてこの夜、俺は結構しょげた。
これまで沢山のライブをやり、しょげて帰るライブも沢山あった。
ただ「何しに札幌に来んだ…」
「わざわざ札幌まで来て…」
という想いが旅の骨身に染みる。
やり切れない苛立ちが抑え切れないでいた。
ステージの後、金安さんのバンド・G.G.KINGに混ぜてもらい、
好きなブルースを唄う。
心地よいバンドサウンドの中で、想いをぶつけるようにブルースを叫んだ。
これはとても良い唄になった。
朝に近い夜、Yジロウ宅に戻って来ると、
俺とYジロウは考え方の問題でケンカになった。
俺はYジロウに「俺が唄っている間くらいもっと集中せいっ!」と怒ったが、
YジロウはYジロウで一生懸命にやっている。
「集中してるだろう」とやり返す。
まだ明日の最終日に演奏する場所も見当がついていない不安と、
俺としてもっと本気で勝負しなくちゃまずいという本音を全部Yジロウにぶつけた。
俺は札幌でAWAY、Yジロウは札幌がHOME、
俺はさんざんわがままをぶつけながら、
俺とYジロウ、二人で行こうと決めた旅に、
AWAYに挑戦するという共通の目的を持って欲しかったんだと思う。
と、同時に自分にもこの仕事を仕上げるという気合いを入れていた。
ただ、その意見の折り合いはつかないまま、
俺とYジロウは不得要領で寝床に着いた。
この旅は、とうとう俺の気持ちを丸裸にしたなと思った。


