2007年10月21日(日)
朝から昼まで昏々と眠る。
北海道の空気は乾燥しているから喉が乾き、
途中一回だけ目を覚ました。
俺は階下に下りて、Yジロウ宅の台所に行くと、
居間には既にYジロウ母さんとYジロウ父さんが起きていた。
「おはようございます」
と挨拶をして、お茶を一杯頂くと、
「もう少し寝ます」
とまた寝所に戻った。
「あんた達は毎日朝まで遊んで身体を壊すよ」
とYジロウ母さんに言われた。
昼を過ぎて、寝所にYジロウが起こしに来た。
「フヌッ」
という返事にもならないような言葉で了解し、
俺は寝床を出て、居間に下りた。
俺もYジロウも昨夜のケンカでどこかギコチナイ。
そんな事情を知ってか知らずか、
Yジロウ父さんとYジロウ母さんが回転寿しを食べに行こうと連れ出して下さった。
起き抜けのお寿司は胃に重い。
「北海道の回転寿しは全然違う」と聞かされていたが、
確かに美味い。
でも重い。
Yジロウと俺が思ったよりも食べれない有様を見てYジロウ母さんは、
「歳を取ったんだね」
と笑った。
Yジロウ父さんは寡黙な人だけど、
発する一言一言に優しさと可愛らしい愛情が溢れている人だった。
結局、お寿司をご馳走になり、札幌道中最後の夜を迎えた。
Yジロウ宅で出掛ける準備をしていると、Yジロウが、
「今日、ここに行けば唄えるかもしれない」
と、演奏できそうなLIVE BARを紹介してくれた。
そこは琉吉というお店。
Yジロウの友達の小嶋とおる君が紹介してくれたお店だ。
今回の旅で小嶋とおる君(以下、トオル君)には、
Woodstockも琉吉も、行けば唄えるかもよって教えてもらっている。
ただ、トオル君も自分のライブが札幌の老舗のライブハウスBOOGIEでライブがある為、
未だに会えていない。
ただどうしてもお礼が言いたいから、全部が終わったら夜遅くてもトオル君には会いに行こうと決め、
俺とYジロウは最後の夜、最後のすすきのに出掛けた。
札幌の地下鉄に福住という駅がある。
俺とYジロウはそこからすすきのに向かう。
地下に下りる前、俺とYジロウはイトーヨーカドーの前で煙草を吸いながら今夜の段取りを決めた。
Yジロウは高校の同窓会に行く、俺は先に流吉に行く、
Yジロウは同窓会が8時頃終わるから、その後に流吉で合流する。
そして11時にはBOOGIEに行って、トオル君に会いお礼を言う。
そんな段取りを決めた。
札幌の夜は刻一刻と寒さを増している。
少し掛けた月が雲がなくなった夜空に浮かんでいた。
ここら辺の地域は月寒という地名らしい。
実にふさわしい月が今夜上がっている。
俺は唄うあてができ、俄然勇気が体中にみなぎって来た。
今夜行く琉吉という店は開店5周年のパーティーで馴染みの出演者が沢山いるらしい。
飛び込みで唄えるかどうかは未知だが、唄えても2曲、
俺は1曲目『陽ハ出ズル』、2曲目『呑気放亭』と決め、
それに全精力、全気力を集中させようとウキウキし出した。
兎に角、唄える可能性が1%でもあるのが俺にとって異常なほど幸せだった。
この時、この旅で最大に吹っ切れた瞬間だった。
妙な高揚感で地下鉄に乗り、
すすきのに着くと、俺とYジロウは別れた。
琉吉に入ると、正に満席状態だった。
楽器やミュージシャンもごった返している。
果たして、俺は唄わせてもらえるのか、
唄えるとしたらどんだけ遅い時間になるのやら。
まず、オーナーのシラハタさんを探して挨拶をする。
シラハタさんは気さくに俺を迎えてくれて、
「もしお時間があれば、唄わせて下さい」
とお願いすると、
「OK!わかったよ」
と承諾してくれた。
客席に入り、ステージを見るとWoodstockのマスター・金安さんがギターを弾いている。
演奏後、金安さんに挨拶をすると、
今夜ここで金安さんに昨日の汚名を返上できるチャンスができた事に感謝した。
その後、2時間ほど地元の色んなミュージシャンの音楽を心から楽しんでいると、
Yジロウから電話があり、同窓会が長引いていて少し遅れると連絡があった。
俺は、Yジロウには久し振りの同窓会を楽しんで欲しかったし、
俺一人でこの店に挑戦するつもりでいたから、ただ「ゆっくりしておいでよ」とだけ伝えた。
そこから待つ事、1時間、
俺が自分の出番を待ってステージを見ていると、
Yジロウが駆けつけて来た。
それと同時に、シラハタさんが、
「そろそろ唄うか?」
とおっしゃってくれて、出番が決まった。
「じゃ、2曲、唄わせて下さい」
と言って、俺は廊下に出て楽器の準備をする。
ここに来て、とうとうこの旅の締めを迎えようとしている。
思えば、この短い珍道中、Yジロウとは短い喜怒哀楽をぶつけ合って来た。
だから俺はこの夜をYジロウと仕上げたいと思った。
「Yジロウ、俺がステージ上がったら軽く唄とギターのバランスを取ってくれ」
とYジロウに頼んだが、バランスなんてはなっからどうでも良かった。
Yジロウは客席の状況を見ながら、俺に、
「昨日からハーモニカがすごくいいから、『ヨダカの星』を足した方がいい。
3曲で文句言われたら俺が責任とる」
と言った。
俺もYジロウも高揚の中に心地よい緊張感と自信をみなぎらせていた。
「東京から武者修行でやってきた山口晶君が唄います」
と紹介を受け、ステージに上がる。
そして1曲目の『陽ハ出ズル』を疾走させた。
もう、失うものもない、そして自分を飾るものもない、
1個の塊として裸になり唄った。
客席がグッと俺に集中するのを肌に感じた。
『陽ハ出ズル』を終えると、客席から心強い拍手が来た。
『よっしゃ、来た』と思っていると、客席の拍手に紛れてYジロウが、
「ラインより、マイクの音の方がいい」
と、こっそりアドバイスを送って来た。
そこで俺はギターとマイクのスタンスを近付けてラインの音よりマイクの音が出るようにした。
2曲目は『ヨダカの星』、思った通りハーモニカは良くて、
音のうねりが上手く夜空を彩った。
そしてそれに呼応して唄がストーリーを語った。
唄い切り客席から拍手が起きると、俺はマスターのシラハタさんに、
『もう一曲いいですか?』
という合図を送った。
シラハタさんは力強く頷いてくれた。
俺が『呑気放亭』に入ろうとすると、
客席で見ていたドラムの方(スミマセン、お名前を伺うのを忘れてしまいました)、
そしてギターを持った金安さんがステージに上がって来ました。
「一緒にやらせてよ」
俺の唄が通用した瞬間だった。
三人で『呑気放亭』を仕上げると、
客席に大きな拍手が残った。
俺は金安さんと握手をして、この三日間の旅がほっと安心に変わったような気がした。
廊下に出てギターをしまうと、Yジロウが泡盛を持って来てくれた。
乾杯をして、一口呑むと堰を切ったように俺達は昨夜からここまでの想いを語り合い、
上手く行った喜びと安堵感を分かち合った。
Yジロウの目が赤く滲んでいたのは、酔いのせいではないようだ。
俺とYジロウはこのステージを仕上げる事が出来た。
ライブ終了後、打ち上げに参加させて頂き、すき焼きをご馳走になるが、
金安さんと話したり、ミュージシャンのKAZUYAさんと話したりで、
ほとんど肉にはありつけなかった。
最後に一曲、KAZUYAさんに「生で唄えよ」と言われ、『黄色い帽子』を唄う。
この夜、これだけの人達と心底から知り合う事が出来て、
俺として矢張り一番ド真ん中のストレートになる曲を歌いたかったからだ。
もう、充分夜は深くなっていた。
俺とYジロウは琉吉のみなさんに心からお礼を言い、お店を出た。
そして、足早にBOOGIEに行き、トオル君に会った。
この行き当たりばったりの唄い旅に貴重な情報をくれたトオル君にやっと会えた。
俺はもう、抱きつかんばかりにトオル君にお礼を言い、
三人で酒を呑み、意気投合した。
三人とも同い年だし、トオル君は腹の据わったミュージシャンで、
十年来の友達に会ったような気分だった。
トオル君はトオル君の道で音楽を築き上げている。
俺は俺の道で築かなくちゃ行けないものがある。
俺はハーモニカ、トオル君はギター、そこにBOOGIEの店長が加わってジャムセッションをし、
最後に俺はトオル君に『呑気放亭』を送った。
「また必ず会おう」とトオル君とがっちり握手をして店を出た時には、
矢張り朝だった。
Yジロウ宅に戻ると、俺とYジロウは二人だけの祝杯を挙げた。
興奮がおさまらず、1時間ほどこの旅の総括を話して寝床に就いたが、
明日は東京に戻らなくちゃいけない。
許された睡眠時間は2時間ほどになっていた。
Yジロウはお母さんに、この世で一番美味いという、
「オムライス」
という朝飯のリクエストを書き置きしていた。
2006年10月12日
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