出発は朝5時。
同行者は北海道は札幌出身のYジロウ。
俺もYジロウも朝には弱い。
心配だから二人で朝まで呑んで、そのまま出掛けようとういう話になり、
夜中はシコタマ呑んだ。
フッラッフラの足取りで二人、電車に乗って羽田まで。
途中、大門という駅で乗り換えなくちゃいけないんだけど、
俺は酔っ払ってるし、眠たいしで起きている自信がなかったから、
Yジロウに大門に着いたら起こしてくれるよう頼み、
あっと言う間に眠りの底へ…。
…ウツラウツラ全然別の世界の夢を見ていると、
ふと横から名前を呼ばれ、目を開けると、
Yジロウが「大門に着いたよ」と教えてくれた。
俺は、寝惚けていて、
「フヌッ」
という返事にもならないような言葉で了解し、
電車を降りた。
電車はドアーを閉め、また地下鉄の闇へと滑り込んでいく。
「あっ!」
俺は我に返って声を上げた。
「Yジロウ、ギターしか持ってない…」
俺は寝惚けて電車を降りた為、
網棚の上に載せておいた、
自分のリュックの存在をすっかり忘れてしまっていた。
「ウソ?…」
「マジで…」
リュックの中には三日分の着替え、三日分のお金、
そして携帯電話に、ギターの演奏で使う小物類が入っている。
なければ、俺はギター一本だけの文字通り文無しで、
北海道に挑むことになる。
軽く走って電車を追い掛けたものの、それはハッキリ無駄な抵抗だった。
駅員室に走る。
ドタバタと焦った顔で、駅員さんに事態を説明したが、
事態は好転しなかった。
リュックは2、3個先の駅で確保してもらえたものの、
そこから荷物は送ってもらえない。
しかも良くないのは、
俺達は飛行機の時間に間に合うかギリギリの進行をしていた事だった。
確保された駅まで荷物を取りに行っていたら飛行機には乗れない。
俺は「Yジロウ、俺はおいて行け」と言い、
Yジロウは「いや、金は貸すから取り敢えず一緒に行こう」と言った。
緊急事態に迷っている暇はない。
俺はYジロウの意見に従う事とし、
荷物は三日後に取りに行くから駅で保管してもらえるよう頼んで、
先を急いだ。
まさかこんな失敗をすると思わなかったが、
何だか出発前から自分が言っていた、
「ギター一本で北海道を回って来ます」
の通りの姿をしている自分が、
馬鹿馬鹿しいくらいに笑えた。
羽田に着くと飛行機の出発まで10分もない。
二人でバタバタ空港内を走り、
出発ロビーでチャックインしようとした。
が、そんな10分前に来た客を乗せてくれる飛行機はないらしい。
「その飛行機には、お乗せできません」
と空港の人に丁寧に断られ、万事休す。
「でも、お待ち頂ければ別の便に乗れるかもしれませんが」
九死に一生を得る。
3時間ほど待てば、俺達は何とか新千歳への飛行機に乗れる事になった。
3時間あるなら、
という事で、俺は希望を取り戻し、
Yジロウを空港に残して、
自分の三日分が詰まったリュックを回収しに行くことに決めた。
折も折、時間帯は通勤時間のラッシュ時だ。
二日酔いと、寝不足の足を浮かせながら、
俺は2時間を掛けて、荷物を回収する事に成功した。
戻ってきた空港は修学旅行の学生で賑わっている。
懐かしい思いに囲まれながら搭乗手続きを済まし、
飛行機は一路、羽田から新千歳へ。
一度は文無し旅行を覚悟し、
一度は北海道へ行くことさへ断念しかけたこの3時間、
飛行機に乗ると、安堵と共にどっと疲れ、
空中にいる間はずっと眠っていた。
午前11時頃に新千歳に着き、
バスに乗って札幌に向かったが、
そこでは予想以上の寒さがお出迎えしてくれた。
さっそく乾燥した冷たい風が背中を撫で上げていく。
何だか北京を思い出す寒さだった。
これから、やっと札幌の旅が始まる。
俺とYジロウは夜を待ち、
街に出掛けると、まず明日の夜にやる、
woodstockというライブバーに挨拶をしに行った。
雰囲気もいいし、店のマスターも、
俺が流し的にここで演奏させて欲しいという想いに理解を持ってくれた。
熱い想いを持てば、人の熱い想いに触れる事ができるらしい。
そこで、軽くリハーサルをさせてくれるという事になり、
一曲『呑気放亭』を唄う。
好感触。
俺は、徐々に気分が上がり、ウキウキこの旅を楽しむモードができてきた。
夕飯後は、友達の紹介で流し一店目、
モダンタイムスという店で唄う。
地元のミュージシャンとセッションもし、
汗が飛び、アルコールが飛び、つばが飛び、
力の限りで唄い切った時、
右手の人差し指は、弦に肉をえぐられて血まみれになっていた。
それだけ熱中した時間だった。
お客さん達もその時間を共有してくれた。
兎に角、気持ちがいい。
お店のマスターやお客さん達に、
地元のミュージシャンと闘うドサ回りがしたくてここに来た、
と説明したら、
「応援するから頑張れよ。そして必ずまたここに来い」
と言ってくれた。
札幌には熱い想いで話すと、
熱い想いで返してくれる人しか住んでいないらしい。
兎に角、体力を消耗し長く感じる一日だったが、
俺は今、無事札幌にいて、
早速、唄い出している。
何か初心を思い出させてくれるような旅になりそうだ。
明日も誰かと知り合うだろう。


